フォトグラフを中心に贈る lotusnut の自由な空間・・・

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写真を撮るという事は どういう事なのだろう ・・・

写真を通して「自ず」を見つめてみる・・・

リアリズムについて・・・

絵画や小説の分野でも「リアリズム(写実主義)」と言う言葉は良く聞かれ、数ある主義の中の代表的な「考え方」だ。それを唱える人や、実践者に何の文句もないのだが、僕としては、写真を撮る行為に「写実主義」的意味合いを持ち合わせてはいない。短絡的に言うと、あくまで「写真」は二次元であり、その中で、立体的(現実的)に見せるもの、または、見るものである。どう足掻いても、三次元にはならないし、写した瞬間、時は止まる。・・・と言うのがベースにある。しかし、そういった議論を熱心に「素人」をも巻き込んで議論した時代は、遠い昔であろう。今の時代となっては、しかめっ面をして、「写真はリアリズムである」なんてことを、論じたりする人は、皆無なのではないだろうか?と言って、「土門拳」の時代に生きた人間では勿論ないので、偉そうな事を言うこと自体、憚るのであるが・・・本当は、羨ましくもあるのだ。ところで、それじゃお前は、どういうつもりで、写真を撮っているのかと聞かれれば、「楽しんで撮っている」と言うしかない。撮影場所に行く行程から、そこの空気に触れること、シャッター音。勿論アングルなどを決定して「撮る行為」そのもの、パソコンやリバーサルでフィルムを眺めること、必要に応じて、編集(トリミング・スポッティング)し、一つの作品にする。それら一連の行為を楽しみ、技術や感性を磨くことが、「写真を撮る」目的に他ならない・・・言い方を変えれば、自分を表現する一つの方法に「写真を撮る行為」が含まれるのである。そこに「主義主張」は入らない。「人生楽しんで学ぶ」しかないのである。

☆ 写真を撮ると言うこと・・・

自分にとって『写真を撮る』という行為は、『自分を探す』行為に他ならない。写真は、他人が見ても感動するものを撮るのがより良いものだと言われているが、その前提として、自分に正直な写真。「自分らしい」と思える写真をまず、撮りたいという欲望がある。他人では撮れないもの。誰彼の真似でないもの。『これが自分だ』と言うものを写真を通して見つめてみたい。

☆ 写真をとる姿勢

「自分らしい」写真を撮るために、撮影において常に心掛けていることは、なるべくイメージを持って臨まないと言う事。撮影場所に着いて、ぶらぶら歩きながら、「気に付いた」「気になった」「気が向いた」など心に留めたものを撮っていくようにしている。『この風景は、あの有名写真家の写真集に載っていたものに似せよう』とか『花の撮り方はこう言うテクニックで』などと考えないようにしたい。その日の自分で、その場で選んだアングル。レンズの選択。露出で被写体と向き合いたい。正直言って、今は、ただ撮っているだけと言う気がしている。できあがったポジを見れば、どこかで見た写真。誰かに真似た写真。個性のない写真に見えてくる。これからも、常に「自分らしい写真」を撮るよう目指していきたい。「自分探し」は始まったばかりだ。

☆ 写真は写心?(心の鏡か・・・)

自分の写真を撮るスタイルは、まず撮ること。そして現像したリバーサルなりをパソコン画面に大きく写したとき、ああ今の自分の興味のあるものはこれだな。撮りたいものはこれだなと、そこで気づくことにある。自分にとって、正に写真を撮るという事は、自分を写す心なんだと思う。

☆ 写真週刊誌の廃刊に思う

最近写真週刊誌の老舗が廃刊と言う記事があった。パパラッチの俗語しかり、スキャンダラスを追いかけて写真に撮り、それを商売にすることは、私自身あまり好きでない・・廃刊という記事に・・・・・と言いたい。売れるから人を食い物にしてでも撮る。写真って人を残酷にするんだなあと感じさせる。撮る人も見る人も・・・そんなのどうだって良い。奇麗事ばかりじゃないんだと反論するだろう。私は、日本人のそんな心の弱さが嫌いだ。

☆ 記録メディアについて考える

写真は昔から「記録メディア」として、多くの人に愛されてきたものだと思う。特に身内の人の成長を記録し、それを楽しむ様は、どんなメディアにも真似できないものだ。しかし、ネガを現像し、サービスサイズのプリントで鑑賞するこれまでの主流のあり方が,最近変わってきている。言わずと知れた「デジカメ」と「Photo用プリンター」の登場だ。PCの普及に伴って、これからの時代の主流になるのではないか?写真を撮る行為からそれを記録メディアにするまでの過程を自分の手で、出来てしまうのだ。写真屋さんへの現像・プリント依頼は趣味性のものとなっていくだろう。(今のレコードのあり方のように!=勿論私は針を落とすアナログレコードが好きだ。)最新の記録メディアとして、ここに来てやっとの感のあるDVD-RAMが登場してきた。アナログ系記録メディアからデジタル系記録メディアへの完全なる移行である。私も数十年前にCD(音楽用)が登場してきた時点で、個人にも出来るデジタルでの記録の登場を待っていた一人であるが、CD-RW・DVD-RAMで汎用デジタル記録の最終を迎えた気がする。表現方法も「紙」からの脱却で、色々な方向性も見えてきた。まだ社会全般は「紙」に依存した体制になっているが、こちらも徐々に変化していくに違いない。単なる機械発明ではなく、社会・人間性・人間の考え方を問われている時代に突入している・・・・・

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